新年最初に読み終えた本

川本三郎. 向田邦子と昭和の東京.〔新潮新書259〕新潮社, 2008.04.

序章と最終章を入れれば7章立ての著作である。最初の2つの章があまり面白いと思えなかったが、第3章の終盤、向田邦子の随筆に脚色があることをそっと指摘したあたりから突然面白くなる。

向田邦子の小説・随筆はもてはやされるが、たとえ作家が明晰な文章を書いていても、家族の肖像・家族史というのは他人にはうかがい知れないゾーンがあると思って読まないと何か間違ってしまうような気がする。それからSNSの時代であれば、作家に描かれた側の家族・親族、友人・知人からの異議申し立てがあり得ること、異議申し立てが容易に発信されることを覚悟しなければならない。

著者が「昭和の~」というclichéを連発するのは、らしくない感じがした。

映画雑誌編集者時代の向田邦子が「黒い服」を着ていた話しを読むと、60年代~70年代前半くらいまで、おしゃれをするのは結構たいへんだったということを思い出す。まず既製服でよいデザインのちょっとした服がない。品質もデザインもよくなくて、おしゃれはシンプルにならざる得なかったということではあるまいか。ジーパンが普段着として普及するのは、60年代の後半。いまから想像しにくいがジーパンの着こなしは難しかった。黒いハイネックのセーターで著者近影に写った庄司薫の白黒写真がおしゃれに見えた時代である。

著者の文章は自分の体験にないことも少なくないが、いろいろ"あの頃"を思い出させる。ただなつかしいだけでなく、著者の精密な読みに導かれてさまざまなエピソードに触れ、同時代を考えさせる機会になる。昨年末、著者の秀作"『細雪』とその時代"を読み、その流れでこの本を読む。読むことができてよかった。