作品のロゴ

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「どうする家康」のロゴは好きになれない。主役のタレントさんもあまり好きではないので、今年の大河はたぶんほとんど見ないだろうと思う。NHKの宣伝はたぶん「鎌倉殿の13人」よりプッシュしている感じがする。NHKをつけると宣伝番組が出てきてしまう。

定番の番組が多いがやはり北野武さんがテレビの画面から消えている。いつからだろうかと思うが、やはり歳相応にタレントさんは交代していく。いずれさんまさんや所さんも番組を持たなくなっていくはずだ。

バラエティは広瀬すず祭りだったようだ。ドラマと映画のプロモーションがあるからだろうか。

芸人番組は同工異曲、飽和している感じがするので、おそらくわずかな例外を除いてこれから2~3年でなくなっていくかも知れない。歌番組、巨人戦中継、トレンディドラマは飽きられてある時期に消えていった。報道・情報も民放でがんばっているのは報道特集とミヤネ屋くらいなので、いずれ放送時間が縮小されるのではあるまいか。フジテレビの情報番組が午前も夕方も不調なのは、たぶんその予兆。地上波民放全局で午前午後ずっと通販番組をやっている可能性は十分ある。

駅伝もちょっとだけ見ただけになった。一所懸命で走っている姿はよいのだが、あまり感情移入をしないようにしている。アナウンサーの実況がうるさいと思う時があって、音を消してみることもある。スポーツ実況はアナウンサーがうるさいと感じることが多い。しゃべりまくる実況を流行らせたアナウンサーが出てきて、それがスタンダードになってしまった。必要なことだけ実況するというタイプのアナウンサーはもういないのではないかと思う。ほんとうはスポーツ実況はミニマリストでやってほしいと願うが、いまのテレビではアナウンサーが(オレがオレが)で前に出てくるから無理であろう。

地上波テレビはチラッと見るだけで、配信の方でいくつか見ている。映画とドキュメンタリーと。

テレビ産業の衰退は番組にも十分出ている。映像で生活している人以外のオーディエンスは、コンテンツで面白いものを少しずつ見ていく生活になるが、テレビはその中心ではなくなっている。若い世代は驚くほどテレビを見ていない。

佐久間宣行ほかの「あたらしいテレビ2023」のなかで、クリエイターの人が映像作品を早送りで見ることを一部肯定していたので、やはりそうだよなぁと思う。作っている人たちも早送りしているのである。仕事になればなおさらだろう。

芸人さんのトーク番組でもおもしろくない話しをしている人を早送りにして次の芸人さんの話しをちょっと聞いて、それもおもしろくなければ、次に・・という風に見ることが多い。WOWOWの「トークサバイバー」はそのやり方で見た。

佐久間氏は「あたらしいテレビ」のなかで年輩のテレビ人は「テレビは衰退」と言っているが若手中堅はそう思っていないと話していた。年輩業界人は景気のよい時を知っていて、それと比べると衰退という判断が出てくるようだが、若手中堅は衰退産業になったテレビの世界へわざわざ入ってきて、作品をつくりたがっている、というのである。産業の縮小傾向というか、番組のスケールが小さくなっているのは確かで、クリエイターはそのなかで頑張っていますという話しである。

「笑ってコラえて!」の特番でアメリカ・シカゴを拠点にスタンダップ・コメディに挑んでいる日本人を特集していた。大阪大学出身というからエリートである。英語はわかりやすく、まくしたてる感じではない。上手な英語の使い方をしている人という感じ。アメリカとアメリカ人あるあるをネタにして認められつつあるようだ。たぶんこれから若者で才能がある人たちは海外に出て行くだろう。日本から外に出ることが自由になる、自由な生き方の象徴になっていくと思う。

日本から出ても、成功の確率は低いだろうが、いまのこの国では希望がないし、おかしな極右政治が蔓延るなかで順応と同調ばかり求められ、自民党支配の奴隷になるしかないような生活しかないのであれば、夢を持ち、まじめに勉強した人たちは外に出て行くだろうと思う。

90年代に、極右化と過剰同調を要求する権力に嫌気がさして外国に移住する人が出る、一種の頭脳流出が定番になる、という話しをすると、国粋主義者は「そんなことは絶対ない」と言い張ったものだが、希望のない自民党支配の国からいかにすり抜けるかは、これからこの国で生活しなければならない人々の真の望みになっていくと思う。

海外旅行のようなショートトリップさえも、自民党支配をつかの間とはいえすり抜ける手段として密かにあこがれの活動になるだろう。ともかく憲法の3原則を否定し続ける極右政治と愚民化政策はこの国を深く傷つけている。抑圧感は大きい。自分の青空は日本にはなく、海外にあると考える人たちが増えていくはずだ。